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来たる10月2日、音骨は愛知県は豊田市にある豊田美術館に渡る。
目的はギュウちゃんの名で親しまれる伝説の前衛芸術家、篠原有司男(シノハラウシオ)と合間みえるためである。

向こうは75歳、音骨は3歳。
向こうはボクシンググローブでボクシングペインチング、音骨は音骨ギターでケロケロリンゴ。

向こうは榎忠(エノキチュウ)なるこれまた伝説的前衛芸術家と共に「ギュウとチュウ」なる展覧会をするだけのつもりだろうが、そこに第三の芸術家、母島の音骨が登場するなどとはゆめゆめ思っておるまい。

確かにかつてない最強の相手となるのは必至だろうが、そこは俺様宇宙人音骨。何が何でも人間に負けるわけにはいかんのDeth。
無敗のレコードを更新するは必至DE SHOW!!

ところで何故わざわざそんなアウェーバトルに赴くのかというと、たまたま音骨妻がギュウちゃんのメル友で、この展覧会に誘いのメールを打ってきたからというのが理由Deth。

まさに飛んで火に入る秋の牛。

世界で初めてモヒカンにしたとうそぶくギュウちゃんに対し、宇宙で初めて音骨帽子を被って真の姿に変身した音骨が「モヒカン族はどないすんねん。」的なる因縁付けジャブから始まり、「モヒカン族の中にも俺のファンがいたか。」的なるカウンターを予期してう~ん、次はどうしよう?的なること等考える間もなくどっかから右ストレートが出んじゃねぇの?ぐらいの戦闘シーンが予期されます。

まぁ、いいや。飲んじまえばこっちのもんだ。って、酒かい!?ギター弾いちまえばとか歌っちまえばとかじゃねぇんDethかい?お、と、ぼ、ね、さぁ~ん??

まぁ、飲んじまえばこっちのもんだ。

そーいう事Deth。
興味のある人はどーぞ。
http://www.museum.toyota.aichi.jp/japanese/index.html
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音骨暴行受難

昨夜三人組にボコボコに蹴飛ばされまスた。

事の経緯はこうDeth。

昨夜は近所の神社でお祭りがありました。
音骨夫妻も夕方頃出発。
着くと満員御礼なギュウギュウな会場で、マイナーな演歌歌手のお姉さんが、メジャーな演歌ナンバーを披露してました。

そんなのを横目に焼きそばだのソース煎餅だのフランクフルトだのオランダ風フライドポテトだのイカ焼きだのをつまみに、持込の黒糖焼酎を二人で隅っこであおってまスた。

勿論音骨は変装しておりました。
ちょっと派手な町内人と化してました。
ただ変装バージョン用眼鏡も新調し、首から下はデーハー度を増したせいか、内地でも音骨はよくジロジロ見られてはいたのでした。
その辺がヘルパー音骨とはちょっと違ってたのでした。

事件は〆にたこ焼きを食おうという思い付きから始まりました。
いつもは妻が買いに行くところを、何故か「音骨が買ってきてあげるよ」なんつって、4,5人の列に並んだのでした。
しばらくすると、パツ金と青パッピの30才前ぐらいのおっさん二人が通りがかりに「あっれええぇ~。秋葉族がいるぞぉ~。秋葉だ、秋葉だ、秋葉にかえれー!!」等とほざいてます。
別に何の関心もなくボケーッとしてたら、あれっ!?音骨の方指差してない?コイツラ???
あぜーん、ポカーン??としてるうちにそいつらは去っていきまスた。

しばらく普通に並んでるうちに、段々ムカついてきまスた。
音骨真の姿を笑われたなら笑って踊りでもするでしょう。
しかしその時は旦那音骨バージョンだったわけDeth。
旦那は旦那らしく旦那的に振舞わなければなりません。
音骨はたこ焼きは諦めて妻の所に戻り、事の経緯を説明し、「だからキレる」と言って、キレました。

突然神社中近隣100メートルに響き渡るシャウトで「おおおらああああ!!!さっきのパツ金出てこおおおおおい!!!!秋葉とかっつってったパツ金出てこおおいっ!!!」
みたいな感じで召集をかけまスた。
酒をフリフリ絶叫してあげまスた。
1,2分そんな事をやっても誰も出てきません。
「来ないから帰ろうか。」と妻の手を引き帰りの坂道に差し掛かった所に偶然帰りかかっていたパツ金を発見して「あっ!!パツ金だっ!!」と言ったら、パツ金は「うわ、面倒くさっ」ってな顔をしながらも「秋葉だ、秋葉だ、秋葉に帰れー!!」等とワンフレーズで小躍りしてます。それに対して音骨は「俺は母島の音骨だああ!!わかったか!!俺は母島の音骨だああ!!」等とこれまた馬鹿の一つ覚え的フレーズで応酬してました。
そしたらそいつが音骨の鞄を坂の下に投げたので、それを取りに行って戻ると、なにやら音骨妻の前でパツ金は同フレーズを連発し、「おまえも秋葉だああ。」等とワンセンテンス増やしながらも同じく小躍りしてたのでした。
それに対して音骨妻は「あんた恥ずかしいと思わないの?100譲って秋葉系だとしてどうしてここにいちゃいけないわけ?自分がオカシイ事いってるのに気づいてる?」等と普通にまともに淡々と答えてたのでした。
そのうちにパツ金は彼女の松葉杖を取り上げ、今度は棒術さながらに振り回しながら、同フレーズを繰り返してました。

さすがにそれはまずいので、音骨はそれを取り上げ、仲介に入った青ハッピもパツ金をいさめていたのでした。

そしてパツ金は音骨の首に巻いてるショールを引っ張りなにやら「こっち来い」的なる台詞をわめき散らしてたのDethが、「苦しい、苦しい、首が絞まるわ。」と思い、エイッ!!と、パツ金をふっ飛ばしましたその刹那、すぐ横で仲裁に入ってた青ハッピが「なに手ぇだしてんだよ!!」っと音骨を背中から蹴飛ばしました。

坂道を軽く転がって倒れてる音骨に、パツ金と青ハッピと、全然関係のないちょっとオカシな30代中盤の黒シャツがどこからともなく現れ、ひたすら3人がかりで蹴り続けられまスた。
青い光がフラッシュのように点滅し、バキッボカッグチャッ的なる背景音が響く中、両手で顔の中心をブロックするので精一杯でした。

それを10メートルぐらい離れたところにいた妻の後の意見を聞くと、
音骨のエメラルドグリーンのシャツにグリーンの照明が真正面に当たっていて、その光景があまりにも凄惨だった為、まるで映画を観てるように現実味がなかったとの事でした。

暴行は1,2分続いたでしょうか。
町内会のおやじ達がやってきて止められたそうDeth。
終わったので起き上がると、三人はもうどこかに消えていて、ヨメんの所に行って「大丈V?りんご飴もった?眼鏡は無事?酒持った?」等といくつか確認後、「じゃあ帰ろうか」と肩を抱いて家に帰ったのでした。

家に帰って体を点検すると、20箇所ぐらいの擦り傷、打撲等が確認されました。
まぁ大丈夫だとは思いましたが、ヨメが心配してるので、救急病院に行って脳内をCTスキャンし、レントゲンも撮りました。
特に問題はないとのことでした。

三人がかりで暴行するのとされるのだったら、明らかにされて平気だった方が勝ちでしょう。
と、云う事でまたしても音骨は勝利の美酒で乾杯したのでした。
普通に考えれば、妻の前でボコボコにされたらかっこ悪いものDethが、妻の後談によると、不思議と可哀相な感じも悲惨な感じも受けなかったそーDeth。
そりゃそーでしょう、そこは音骨。無敗Dethから。
飲み会の時間に間に合わないので、ではまたっ!!
8月31日、某大学生10人位と宿の人たちのみの前で今年母島ラストライブを行う。

なにやら不可解な非音骨的なる雰囲気の中で、恐らくは小笠原に来て以来最もぶっちぎれテンションの音骨が観測できた模様。

アンコール終了後、音骨は「音骨のことを好きな人っ!?」と言ったら幾人かがサッと手を上げた。おお、おお、おーっ。
「じゃあ、音骨が嫌いな奴っ。」と言って見回したが誰も手を上げず、「みんな趣味いいねぇ~」と言ってライブ終了。

その後大学生たちと飲み始めたが、ほとんど記憶なし。
以下は証言者の発言を元に構成する。

激しいテンションで語りかける音骨の話を軽く聞き流していた某青年に「俺の話を聞けえええ!!!」と怒りだす。
夜釣りに行きたがっていた彼に「俺と夜釣りどっちが大事なんだああ」
みたいな。バカな?
その後、近隣中に響き渡る声で大泣き嗚咽を繰り返す音骨。
近隣から「うるせえ!!」との苦情が。
なおも収まることを知らずシャウトしまくり、仕舞いには貝殻の灰皿やらデカイ石なんかを道路から5メートル以上の高さにある宿のデッキから次々に道路に投げ込む。
近所のヘルパー仲間が心配そうに何度も何度も顔を出す。
ひとつは宿のデッキの床の木をえぐりとって跳ね返り、あろうことか窓ガラスに激突。幸い軽く欠けた程度で済む。
そのうちに警察に通報され、警官が駆けつけた頃には涙の熟睡。
「大丈夫?もう寝な。」ぐらいの感じで警官帰る。
同じ宿のヘルパー仲間が必死で音骨を庇い、看病してくれたらしい。

翌朝その全貌を知らされる。
淡々と事実を話してくれた宿の主人が、食事を取らない音骨の体を気遣い握ってくれた小さなおにぎりを食べ、ポロリ涙ぐむ。

その夜はお客さんゼロだったので、みんなで大漁寿司に行って穏やかに昨日の事件などの詳細を聞きながら飲み、食う。

9月2日、朝から大掃除をしていた折に、島内放送が。
「台風の影響により、次の小笠原丸に乗る方は今日の母丸に乗ってください」との。
「ええええええええxxxx!!」

と、言うことで何にもしたくしてなかった音骨は急遽荷物をまとめ、母島丸に乗ることに。
何人かのヘルパー仲間たちが駆けつけてくれた。
3時30分の船に乗って、6弦の切れたギターをかき鳴らしながら5ヶ月強いた母島を去る。

父島に着いたのはいいが宿の空きがなく、小祝荘というアパートに素泊まる。翌朝出航。懐かしい父島で世話になった人たちと再会する。
何人かの知り合いが見送りにきてくれた。

小笠原丸の中で再会した某大学生たちが「音骨さーん!!」と元気に声をかけてきた
自然に浄化されたような明るい笑顔で「やっぱ島の人たちって温かいですねー。」と言ってた。
そーだね、音骨は熱すぎたかもしれないけど。
中でも飲んで寝て、飲んで寝て、飲んで寝て、飲んでしばらくしたら、東京湾だった。

9月4日、音骨内地上陸。
ヨメ&ブラックが出迎えに来てくれていた。

そうなんDeth。
音骨はとっくに内地にいるんDeth。
今日は渋谷のセンター街にお買い物に来てるんDeth。
なにか過去の世界にタイムスリップしてきたみたいDethねっ!!

相変わらずの色褪せた風景。濁った空気。
ここで音骨は新たなる活動に入りまッス!!

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